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渡良瀬川の河川敷。ここは茨城県になります。 渡瀬遊水池付近は群馬、栃木、埼玉、茨城の4県の県境が複雑に入り組んでいる場所。さっきまでは栃木県。ちょっと移動すれば埼玉県を通過して茨城県へ。こんな具合です。 埼玉の所沢に住む私にしてみると、埼玉県から橋ひとつ超えた場所に立っているだけなのに、茨城と聞くと心理的にひどく遠くまで来たように感じます。 ここは茨城文化圏の地なんだと思うと、自分が立っている場所と橋の向こうの埼玉とでは空気の匂いまでが違っている様に感じてしまいます。 なんでこんな所に無造作に小船が繋留されていのだろう?私にはその理由は分かりませんが、ここは茨城だからそうしてある事が普通なのかもしれません。 足尾銅山の鉱毒は渡良瀬川よって運ばれ、渡良瀬川の氾濫により農地に広がり稲が枯れるなどの被害が出たのだそうです。 渡良瀬遊水池が造られた事により渡良瀬川の氾濫は無くなったでしょうが、足尾銅山から運ばれて来る鉱毒が無くなった訳ではありません。農地に流れ込む代わりに渡良瀬遊水池に溜め込まれた鉱毒は今も遊水池の何処かに存在しているでしょう。 かつて農地に流れ込む鉱毒の受け皿として一村を強制移住させて造られた渡良瀬遊水池。人の住まないその土地は現在、自然の宝庫とも言われています。 渡良瀬遊水池は関東平野の真ん中に存在する現代では不自然なほどの広大な自然の宝庫。皮肉にも人の手により造られ、結果的に開発から保護される事になった場所。 この先渡良瀬遊水池がどうなるか分かりませんが、一度人間が放棄した土地はこのまま手付かずのままにして置いて欲しい気がします。 写真データ 題名:【渡良瀬川河川敷】 カメラ:Canon EOS Kiss Digital N 撮影場所:茨城県古河市、埼玉県北川辺町 |
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渡良瀬遊水池にそんな悲しい歴史があったとは知りませんでした。足尾銅山の鉱毒は聞いたことが有りますが遊水地に流れていたんですね。 |
イッシー 2007/10/31 21:04 |
イッシーさん、こんばんは! |
manatuno 2007/10/31 22:40 |
こんにちは。 |
Toba URL 2007/10/31 23:24 |
Tobaさん、おはようございます! |
manatuno 2007/11/01 06:03 |
茨城は私の家があります |
なつ 2008/06/30 14:18 |
なつさん、こんばんは! |
manatuno 2008/06/30 23:25 |
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